熊本市街から大津を通り、南阿蘇村に入るとすぐにある集落、立野。
南阿蘇村立野。
この先は行き止まりなので、交通量もわずかです。
阿蘇山の外輪山がちょうどここで切れて低くなるために、熊本市街と南阿蘇村を繋ぐ幹線道路が通っていた場所です。
しかし、地震で阿蘇大橋が落ち、町と山を結ぶ道は不通となりました。
今、熊本と南阿蘇村を繋ぐのは、ミルクロードかグリーンロードのみ、
どちらも山をいく峻厳な迂回路です。
震災後は、ここが通勤時間になると大混雑しています。狭い山道なので、接触事故でもあれば、数珠繋ぎになった車はまったく動かなくなります。
冬になればチェーンが欠かせないでしょう。雪がくる前に、開通するとよいのですが。
南阿蘇村の観光施設も、8月にオープンしたはいいが、アクセスが不便なために、集客も思わしくありません。
6月の大雨では避難指示が立野と河陽に出され、住民は避難しました。
6月10日に一時帰宅住民とともに立野に入った熊本のボランティアさんによると、猫30匹は見たそうです。また、置き去りにされた犬もいたようです。
災害で人がいなくなり、残された地区に取り残された犬猫がいた場合、飼い主のいるものはまだよいが、飼い主の明確でないもの、地域猫、放浪犬、これらの命が無事に生かされるように給餌をするべきなのは、やはり、都道府県(現行法)、市町村(警戒区域を設定し、地域防災計画をたてるのはここ)と考えられます。
このとき、所有者が明確でない犬猫も、動物愛護法に照らせば、もちろん保護の対象になります。
だから、南阿蘇村で避難勧告が出され、封鎖されたとき、村役場に電話して、残された被災動物が飢えないように、手を講じてほしいと訴えました。また、見回りに職員さんが立ち入りをする際には、餌を置いてほしいと。
30匹は見たなら、猫は隠れているものだから、100匹はいるのではないか。
出入り自由の猫が大半だそうですから。
私たち動物ボランティアは、ずっと立野と河陽を心配していました。
TNRしたくても、後のコントロールを考えると、関東の我々は無責任に手は出せません。
ここから保護されて、我が家には黒白きみちゃんも
空輸でやってきました。
あれから、避難指示は解除になり、大津や白水に避難した住民も帰還したり通ったりしていると聞き、胸を撫で下ろしましたが、やはり、猫はどうなっているか心配で、8月に預け猫のお迎えに行ったとき、立野を目指しました。
この先は行き止まり。
立派な集落です。かつてはたくさんの猫がのんびり暮らしていたに違いない、と感じましたが、8月に通りすぎただけの私が見かけることはありませんでした。
フリーになっている犬がおり、置き去りにされているのかと不安になったのですが、
住民が戻っているお宅の庭に犬は入っていきました。ほっとします。
崖崩れにより岩肌が剥き出しになっています。
ミルクロードを越えて、翌日は河陽へ。
河陽には残された猫たちの世話をしているボランティアさんがいます。
南阿蘇村で頑張っているボランティアさんにお届けするのに、ホームセンターで物資を買いました。
河陽。崩落した阿蘇大橋の手前です。向こうが、立野。
小学校のごみすてばに、飢えた猫が来ます。
人間の支援で、南阿蘇村に3ヶ月常駐している研ちゃんは、このエリアで猫の見守りをいてくださっています。
長陽体育館。
4、5月には避難所でした。
南阿蘇村のボランティアセンター。
復興のために、土木や砂利運びを行うボランティアさんが全国から駆けつけています。女性もいます。
350円で入れる温泉があります。
皆さん、ほぼ、車中泊などで、頑張っていらっしゃいます。
犬猫餌を研ちゃんに渡します。
お疲れ様です。感謝します。
ボランティアセンターでお世話されている猫さん。
byおかめ
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熊本地震 被災動物支援 避難指示の出された立野、河陽へ
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